起業2年以内の口下手フリーランスのための
ウェブ制作&集客とIT活用のコンサルタント

兵庫県姫路市生まれ。
2001年 大阪大学大学院 基礎工学研究科 情報数理系修士課程修了。
大手メーカーにて、PC、ポータブルオーディオプレーヤー、デジタルカメラ、スマートフォン/タブレットなどのソフトウェア開発・設計に従事。
Windows, Linux, Androidといった様々なプラットフォーム上で、OSやミドルウェアといったシステムソフトウェアからアプリケーションまで幅広いソフトウェアの商品化を経験。
設計や検証の効率化・自動化に力を発揮し、新製品・新機能の垂直立ち上げや保守コストの削減に貢献する。

担当した製品は世界中で使われているが、もっと直接的にお客様に貢献したいという思いを持ち、2016年からは複業として、フリーランスや中小企業のウェブ制作やITまわりのサポートを行う。
同時にGoogleアナリティクス個人認定資格を取得。

現在は自動化やデータ分析の強みを生かし、起業前後のフリーランス向けに、円滑に安定してビジネスを進めるためのIT環境の立ち上げや業務効率化のサポート、ウェブを使った売り込まずに売れていくマーケティングの仕組みづくりのサポートを行なっている。

プロフィール

幼少時代

兵庫県姫路市生まれ。
姫路城を見て育つ。

大人になってから知ったが、姫路城は最も美しい城建築と言われているらしい。
一方で、階段のつくりや通路の構造、扉や壁に仕掛けられた仕組みなど、かなり実戦的な作りになっている。

いま、機能性とデザイン性を両立したプロダクトが好きなのは、幼少期に見た姫路城の記憶が関係しているかも。

プログラマーという職業を知った小学時代

小学校2年生の時に、当時発売されたばかりのファミコンを、おじいちゃんに誕生日プレゼントとして買ってもらう。
友達とゲームを貸し借りしながら、ゲーム三昧。

本もこの頃から好きだった。
読んだ本の中に、ファミコンのゲームプログラマーが書いた、ゲームがどのようにできていくのかや、プログラマーの仕事の内容を解説した本があった。
その本を読み、将来はゲームプログラマーになりたいという夢を持つようになる。

しかし、当時はパソコンが50万円以上し、買えなかったし、親が仕事で使うこともなかった。

そこで、ファミリーベーシック (ファミコンでBASICというプログラミング言語でプログラミングができるソフトとキーボードのセット)を友達に借り、プログラミング雑誌に載っているプログラムを理解もせず、ただひたすら打ち込んだ。
保存方法がわからなかったので、1週間ファミコンを付けっ放しにして、親にも手伝ってもらって打ち込んだが、どこかに間違いがあったのか、ゲームは起動せず。
初めてのプログラミング(?)は失敗に終わった。

外での遊びは、サッカーが好きだった。
校庭のフェンスの外から部活の様子を見学しながら、中学に行ったらサッカー部に入ることを、友達と約束しあった。

サッカーに夢中になった中学・高校時代

中学になると、サッカーに夢中になった。
得意なドリブルで敵を何人も抜いていくのは楽しかったが、戦略を考えるのも好きだった。
フォーメーションを解説した本や、ルールブックまで読み漁っていた。

中学・高校生時代も、パソコンは高くて買えなかった。
パソコンを持っている友達が羨ましかった。

高2の時、膝を怪我して、ガチにやるサッカーは引退。
受験勉強に切り替えたのが怪我の功名。
工学系の中では最も偏差値が高くて難関の情報工学科に
合格することができた。

大学で情報工学を学ぶ

情報工学科に進学し、ようやくパソコンを手に入れた。
コンピュータサイエンスの知識やプログラミングの技術を学んだ。

ここでようやく、小学生の時に触ったファミリーベーシックがどういうものだったかを理解できた。

当時はITバブルで、ホームページを作るだけで大儲けできる時代だった。
趣味としてWindowsのアプリを作ったり、ホームページを作ったりしていたが、経営者やビジネスの視点を持っておらず、バブルに乗れなかった。
学生起業しておけばよかった、と後悔。。

上京。自分の携わった製品を世界へ!

世界中の人に自分の携わった製品を使ってもらいたいという思いからグローバルに活躍している日本を代表する大手メーカーに就職。

ゲームではないものの、小学校から思い描いていたプログラマー(ソフトウェアエンジニア) になることができた。

入社から4・5年はがむしゃらに働いた。
世界初の技術を搭載した製品をタイトなスケジュールでリリースするために、毎日が終電帰りだった。

若いうちからチームリーダーや一人での海外出張を任されるなど、大きな権限を与えられ、多忙ではあったがやりがいはあった。

転機

しかし、体を壊し、ワークライフバランスを考えるようになる。
効率化を徹底し、時間をかけずに成果を出す意識に変わった。

新機能の開発は、一発で出来上がることはまずない。
作っては試し、作っては試しの繰り返しが必要になる。
その繰り返しを短時間で効率よく行うために、開発環境の最適化や開発手順の自動化などを徹底して行った。

また、技術書・専門書以外にも、自己啓発書やビジネス書も読み、専門分野以外にも知識の幅を広げるようになった。

これまでプログラミングなどの理系・ロジック・左脳的な事ばかりだったので、右脳的なことも始めようと、写真教室に通い写真を撮り始めた。

転機2

自分の携わった製品を世界中の人に届けたい、という夢は叶ったものの、次第にお客様に直接的に貢献したいという思いが出てきた。

周りを見渡してみると、ITで効率化できることをいちいち手作業で行なっているなどのITを使いこなせていない話や、悪徳なホームページ作成・保守会社とのトラブルについて耳にするようになった。

自分は決してスーパプログラマーではないけれども、こういったIT初級者のお役に立てる場面が多くあるのでは、と考えるようになった。
そこで、フリーランスやITの専任者を置いていない小規模企業を対象に、円滑に安定してビジネスを進めるためのIT環境の立ち上げや業務効率化のサポートを行なうようになった。

ウェブ制作を始める

ITのサポートやっていうちに、気がついたらウェブ制作も頼まれるようになっていた。

もともとプログラミングは専門分野であり、ブログを書いたりデザインを変えたりといったことを趣味でやりつつウェブの世界にも慣れ親しんでいたので、HTML, CSS, PHP、JavaScript などを使って仕事することは、比較的すぐにできるようになった。

アクセス解析を行うために、Googleアナリティクス個人認定資格も取得した。

しかし、ウェブ制作の数を積み上げていき、データが集まってくると、ホームページを作るだけではアクセス数は伸びないし、集客にも貢献しないことがわかってきた。

マーケティングを学ぶ

ずっとエンジニアとしてやってきて、営業経験はゼロ。
ものの売り方、集客のやり方、マーケティングなど、全くわからなかった。

だから、本を読んだり、セミナーに通ったり、コンサルを受けたり、人のサービスを買って研究したりして、必死に勉強した。
それなりの時間とお金をかけて。

次第に、マーケティングの面白さや奥深さに興味を持つようになった。

マーケティングもプログラミングも、「仕組みを作ること」と捉えれば、似ているかもしれない。
プログラムは書いた通りに動くが、マーケティングは思った通りにいかない難しさがある。
それだけ狙い通りにいった時の喜びも大きくなる。

現在は、これまで培ったITによる効率化のスキルとウェブ制作の経験をマーケティングに活用し、売り込まずに売れていくマーケティングの仕組みづくりの支援を行なっている。